■この本を読むことになったきっかけ

 

ミステリが読みたくてしょうがなかった頃、何を読めば良いか分からず「とりあえず、なんとかの殺人とか、何々殺人事件ってタイトルのものを読もう」と思って手に取った作品のうちの一つです。

 

同時期に読んだもので『オリエント急行の殺人』があります。

 

特にこの作品に惹かれたのは、「変な館が舞台」というところです。

 

ミステリはある程度のリアリティも大事ですが、娯楽小説でもあるので現実では有り得ない設定も大事だと思っています。

 

この「変な館が舞台」という設定は、なんともミステリらしい有り得なさで、私の興味をそそりました。

 

■本のあらすじ

 

九州の某所に位置する角島。そこには風変わりな建築家、中村青司が建てた十角館という奇妙な館が建っていました。

 

かつては青屋敷という建物もありましたが、半年前に中村青司の妻は左手首を切り落とされた上に絞殺、使用人夫婦が殺害され、青司も焼死体で発見されるという四重殺人事件が起きて全焼してしまい、今は十角館だけが取り残されているのです。

 

当時働いていた庭師の行方は未だ不明で、四重殺人の犯人は庭師ではないかと警察は睨んでいました。

そんな中、ある大学のミステリ研究会のエラリイ、ポウ、ヴァン、ルルウ、カー、アガサ、オルツィは奇妙な事件が起きた角島に興味を持ち、旅行気分で角島に上陸しました。

一方、本土にいる元ミステリ研究会の江南(かわみなみ)のところに『中村千織は殺された』という告発文めいた手紙が届きます。

 

差出人は半年前に死んだはずの中村青司。そして中村千織とは、かつて所属していたミステリ研究会の飲み会で、急性アルコール中毒になって死んでしまった青司の娘でした。

 

突然の手紙を不審に思い、中村青司の弟にあたる中村紅次郎に話を聞きに行きます。そこで島田潔という男と出会い、手紙が誰に届いているのかを、同級生の守須(もりす)恭一の助けも借りながら調査し、過去の四重殺人そのものを探るようになります。

 

本土で四重殺人の真相が調査されている時、島では「第一被害者」「第二被害者」などと書かれた人数分のプレートが発見され、翌朝にはオルツィが絞殺死体となって発見されました。

 

部屋のドアには「第一被害者」のプレートが貼り付けられ、彼女の左手首は切断されていました。

その後、カーがコーヒーに含まれた薬物によって毒殺されます。疑心暗鬼になりながらも推理を重ね、外部からの犯行で中村青司は生きているのではないかという疑いを持ち始めます。

 

島での惨劇を知らない島田と江南は、過去の事件は「千織は青司の娘ではなく、紅次郎の娘だった。青司は妻を愛するあまり嫉妬に狂い無理心中をした」というのが真相であると結論付けた。

 

当初、島田たちも中村青司は生きていて焼死体は庭師のものだと疑っていたが、実際は中村青司が自ら灯油をかぶり火をつけたというものでした。

 

そして島ではついにルルウとアガサ、ポウが殺害されます。残ったエラリイとヴァンは館の中に隠し部屋などがあるかもしれないと、くまなく探します。予想は的中し、館の中に隠し部屋を見つけました。

 

そこには、かなりの年月が経った死体がひとつ転がっていたのです。

 

翌日、守須のところに島の所有者である親戚から電話がきます。
「島に行った“大学生6名全員”が死体で発見された」と……。

 

■感想

 

日本のミステリに新たなブームを巻き起こした、ミステリ界に衝撃を走らせた作品です。

本作は『そして誰もいなくなった』をかなり意識した作品になっており、所謂クローズドサークル物です。

 

しかしそれだけでなく、角島の大学生らの事件と、本土で島田たちが探っている過去の四重殺人事件が密接に絡み合い、それが最後に一つにまとまるという、なんとも美しい話のまとまり方をしています。

 

ミステリではほぼ御法度とも言える、建物に仕掛けられたカラクリもなんの違和感もなく受け入れられる話運びになっています。

 

さて、本作は文章で読者を騙す叙述トリックという手法を用いています。私はこれまで、それなりにミステリを読んできて叙述トリックを使った作品も色々と読んできましたが、『十角館の殺人』の叙述トリックが一番震えました。たった一行でこんなに体中がゾクっとするとは思いませんでした。

 

それだけ犯人に意外性があり、面白いどんでん返しになっています。

 

この一行の破壊力をさらに際立たせているのが、新装改訂版です。ページをめくると例の一行が出て来るように文章量を調整してあるので、ページをめくった後に衝撃を受ける事になります。心憎い演出ですね。

 

とても衝撃的で面白い作品なのですが、綾辻氏のデビュー作という事もあり、全体的に粗い印象があります。強いて挙げるとすれば「犯人の動機が弱い」という点です。

 

犯人と中村千織との関係が後半になり唐突に語られ、しかもそれが逆恨みっぽいというのが、ちょっと気になりました。

 

作中の重要人物である中村青司は、『十角館の殺人』から始まる『館シリーズ』すべてに関わっています。彼について詳しく知りたい方は是非『暗黒館の殺人』を読んでみてください。

 

かなり長い作品ですが、中村青司が何者かが分かる重要な作品になっています。

 

■本を読んでいて自分が初めて知ったモノ、場所、言葉など

 

角島に渡ったミステリ研究会の7名は、それぞれ海外の有名ミステリ作家の名前をあだ名にしています。名前の元ネタと代表作をちょっとだけ調べてみました。

・エラリィ(エラリー・クイーン)

代表作『ローマ帽子の謎』『Xの悲劇』等

・カー(ジョン・ディクスン・カー/カーター・ディクスン)

代表作『三つの棺』『緑のカプセルの謎』等

・ポウ(エドガー・アラン・ポー)

代表作『モルグ街の殺人』『早すぎた埋葬』等

・ルルウ(ガストン・ルルー)

代表作『黄色い部屋の秘密』『オペラ座の怪人』等

・アガサ(アガサ・クリスティ)

代表作『そして誰もいなくなった』『オリエント急行の殺人』等

・オルツィ(バロネス・オルツィ)

代表作『紅はこべ』『隅の老人』

・ヴァン(S・S・ヴァン・ダイン)

代表作『グリーン家殺人事件』『僧正殺人事件』等

 

いずれの作家も、ミステリや幻想小説の先駆者たちです。海外ミステリも読んでみたいなと思った方は、この中のどれかをまず読んでみる事をおすすめします。

 

■本の中で気になった言葉、セリフ 1シーン

 

『十角館の殺人』に限らず、綾辻行人氏の小説全般に言える事なのですが、登場人物の喫煙者率が非常に高いです。

 

セブンスターやセーラムといった、今の若者が吸わないような銘柄がバンバン出てきます。作中では煙草が凶器に使われているシーンもあり、ただのアイテムではなくミステリらしい演出に一役買っています。

 

読んでみると、登場人物のほぼ全員が喫煙者だったような気がします。探偵役の島田潔にいたっては、元ヘビースモーカーで体を悪くして以来一日に一本だけという謎のこだわりを見せています。

 

ここまで「煙草を吸う」という事にこだわっている小説は、現在に至るまであまり見た事がありません。もしかしたら綾辻氏自身が愛煙家で、煙草に並々ならぬこだわりを持っているのかもしれませんね。

 

煙草を吸うタイミングや、煙草の吸い方などがとても細かく描写されており、良い意味でマニアックさを感じます。普段煙草を嗜まない人でも、読んでいると吸いたくなってしまう……そんな魔力があります。

 

しかし、登場人物のほとんどが大学生……なのに煙草は吸うわ酒はよく飲むわと、今と比べると時代を感じます。本作が世に出たのが1987年ですので、その当時は今ほど喫煙に対する風当たりは強くなかったのでしょうね。

 

煙草は犯人が誰かというヒントでもあります。気になる方は注意して読んでみてください。