• 投稿 2017/09/16
  • 小説

■この本を読むことになったきっかけ

 

初めて読んだのは中学校2年生の頃の国語の授業でした。教科書に掲載されていたのですが、実はこの時。私は授業中寝てばかりで全然読んでいませんでした…。

 

そのせいで、当然ながら期末テストでは悲惨な点数になりました。点数の悪い生徒は補修を受けなければならず、この時初めて全部通して読みました。最初から読んで授業を真面目に受けていれば、補修は受けずに済んだんですがね。

ちなみに、テストの問題で「メロスはなぜ走ったのでしょうか」という問題が出ました。答えは「セリヌンティウスとの約束を守るため」なのですが、授業をさっぱり聞いていなかった私は分からなかったので「小説のタイトルが走れメロスだから」と書いて提出しました…よくこんな回答書けたなと自分のことながら恥ずかしくなります。

 

■本のあらすじ

 

羊飼いのメロスは妹の結婚式の買い物のために町を訪れていましたが、町全体が鬱々としていることに気付きます。町の老人に尋ねると、「ディオニス王の人間不信が酷くて、人々を処刑してしまう」と言いました。

政治は分からないけど正義感に溢れているメロスは、ディオニス王の暴挙が許せず突発的に暗殺を試みます。

 

当然捕らえられ、王の前に引きずり出されました。
ディオニス王は「人間はみんな自分勝手で信用なんて出来ない」と言います。メロスは「人の心を疑うのは恥ずべき悪徳だ」と反発します。

 

王はメロスを処刑しようとしますが、メロスは「妹の結婚式だけ挙げさせてほしい。3日後に必ず戻って来る。町にいる友人のセリヌンティウスを人質に置いていくから」と懇願します。

友人を人質にし3日間だけ猶予を貰ったメロスは、急いで村に帰り、妹の結婚式を挙げて翌朝暗いうちに家を出ました。

 

急げば間に合うと思っていましたが、道中山賊に襲われたり、川の氾濫に遭うなどのトラブルに見舞われます。

 

疲労困憊で身動きが取れなくなってしまったメロスは、もういっそこのまま逃げてしまおうか…セリヌンティウスを裏切ってしまおうか…という考えが浮かびます。

その時、湧き出る清水を見つけ喉を潤すと「いや、私は信頼されている。その信頼に報いなければならない」と気持ちを切り替え、一心不乱に走り続けます。

日没が近付き、町の広場ではまさにセリヌンティウスが処刑されようと磔(はりつけ)にされていました。

 

メロスはボロボロになりながらも大声で「メロスが帰って来たぞ!約束通り帰って来たぞ!」と叫びます。

セリヌンティウスの縄は解かれ、メロスは「私は一度だけ君を見捨てようとした。だから私を殴れ。そうしてくれないと、君と抱擁できない」と言い、セリヌンティウスはメロスの頬を殴りました。

そしてセリヌンティウスも「私も殴れ。私も一度だけ君を疑った」と言い、メロスは彼を殴り、二人は熱い抱擁を交わして友情を確かめ合いました。

ディオニス王は二人を姿に感動し、人を信じる素晴らしさを知り改心したのでした。

 

■感想

 

『人間失格』のイメージが強い太宰治ですが、彼の作品群の中でも比較的明るく分かりやすい短編だと思います。

 

人を信じる事の大切さ、正義と友情というテーマが全面に押し出されている、太宰の中では異色とも取れる作品です。

 

異色ですが、内容の素晴らしさと文章の美しさから、太宰治の作品の中でも非常に人気の高いものとなっています。

 

先述した通り、中学校の国語の授業で習う事もあります。中学生にもなると、友達との関係で悩むことも多い年ごろですので、友情とは何かを問うこの作品は教材として優れていると思います。

多くの若者は「友達のために自分を犠牲にして走り続けたメロスはすごい。王様を改心させて友情にも篤い素晴らしい男だ」という感想を持つ事でしょう。

 

しかし、大人になって社会の荒波に揉まれた今。改めて『走れメロス』を読むと、学生の頃とは違った感想が出てきます。私は読んでいて「果たしてメロスはすごいのだろうか?」と疑問を持ちました。

 

そもそもメロスが走らなければならなくなったのは、メロスが町の老人から王様の噂を聞き出し「なんて奴だ!とっちめてやる!」と一人で暴走し、考えなしに暗殺しようとして捕まってしまったのがすべての始まりです。

ディオニス王に「俺は命乞いなどしない!」と豪語したすぐ後に「妹の結婚式挙げたいから3日だけ待ってほしい。お願いします」と命乞いをしています。

ちょっとメロスが行き当たりばったりで自分勝手な印象を受けます。セリヌンティウスは完全に巻き込まれた形で人質にされてしまいますが、友達の自分勝手な行動の担保にされたにも関わらず、メロスを疑ったのは3日間で一度だけ…メロスよりもセリヌンティウスの方がかなり人格者なのでは、と思ってしまいました。

そう考えると、「メロスの身勝手さを許し、処刑の恐怖に震えながらもメロスを信じて待ち続けたセリヌンティウスすごい」という感想が出てきます。

 

物語はメロスの視点からしか語られていませんが、ディオニス王やセリヌンティウスからの視点で見ても面白いのではないでしょうか。

 

■本を読んでいて自分が初めて知ったモノ、場所、言葉など

 

『走れメロス』は古代ローマの伝説がモデルになっていますが、調べてみたら太宰治の実体験も作品作りに活かされているようです。

太宰の友人の檀一雄が、太宰の妻に頼まれて熱海の村上旅館へ行ったら、飲み代などが払えなくなっている太宰がいました。

 

太宰は「ちょっと師匠の井伏鱒二にお金を借りて来るから、それまで人質としてしばらく旅館にいてくれ」と檀にお願いし、井伏のところへ行ってしまいます。しかし、待てど暮らせど太宰は戻って来ません。

檀は村上旅館の主に頼み込み、支払いをしばらく待ってもらい、井伏鱒二のところへ向かいます。そしたらそこには、井伏と向かい合って呑気に将棋を指している太宰の姿がありました。

実は太宰は、何かと迷惑ばかりをかけてきた師匠に金を貸してくださいと言うのが気まずくて、なかなか言い出せずにいたようです。

そんな太宰に、檀は怒ってこう言いました。

「待つ身が辛いかね。待たせる身が辛いかね」

このエピソードから見るに、太宰治はメロス。檀一雄がセリヌンティウス。村上旅館の主がディオニス王という感じになるのでしょうか。いかにも太宰治らしい話ですね。

 

■本の中で気になった言葉、セリフ 1シーン

 

メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。

『走れメロス』の書き出しです。

 

太宰治作品の書き出しは、一度読んだら忘れない強烈なインパクトがあります。『人間失格』『パンドラの匣』『きりぎりす』の書き出しが好きなのですが、それ以上に好きなのはやはり『走れメロス』です。

文章そのものはシンプルで飾り気がないのですが、だからこそ無駄が無く、読者を自然と物語に引き入れる力を感じます。

 

『走れメロス』は難しい表現などを使っていない読みやすい作品ですので、よりこの冒頭の力強さが際立っているのではないでしょうか。

 

*この記事の執筆者は浅丸千代乃さんです*