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『走れメロス』を大人になって読んでみた

小説

■この本を読むことになったきっかけ

 

初めて読んだのは中学校2年生の頃の国語の授業でした。教科書に掲載されていたのですが、実はこの時。私は授業中寝てばかりで全然読んでいませんでした…。

 

そのせいで、当然ながら期末テストでは悲惨な点数になりました。点数の悪い生徒は補修を受けなければならず、この時初めて全部通して読みました。最初から読んで授業を真面目に受けていれば、補修は受けずに済んだんですがね。

ちなみに、テストの問題で「メロスはなぜ走ったのでしょうか」という問題が出ました。答えは「セリヌンティウスとの約束を守るため」なのですが、授業をさっぱり聞いていなかった私は分からなかったので「小説のタイトルが走れメロスだから」と書いて提出しました…よくこんな回答書けたなと自分のことながら恥ずかしくなります。

 

■本のあらすじ

 

羊飼いのメロスは妹の結婚式の買い物のために町を訪れていましたが、町全体が鬱々としていることに気付きます。町の老人に尋ねると、「ディオニス王の人間不信が酷くて、人々を処刑してしまう」と言いました。

政治は分からないけど正義感に溢れているメロスは、ディオニス王の暴挙が許せず突発的に暗殺を試みます。

 

当然捕らえられ、王の前に引きずり出されました。
ディオニス王は「人間はみんな自分勝手で信用なんて出来ない」と言います。メロスは「人の心を疑うのは恥ずべき悪徳だ」と反発します。

 

王はメロスを処刑しようとしますが、メロスは「妹の結婚式だけ挙げさせてほしい。3日後に必ず戻って来る。町にいる友人のセリヌンティウスを人質に置いていくから」と懇願します。

友人を人質にし3日間だけ猶予を貰ったメロスは、急いで村に帰り、妹の結婚式を挙げて翌朝暗いうちに家を出ました。

 

急げば間に合うと思っていましたが、道中山賊に襲われたり、川の氾濫に遭うなどのトラブルに見舞われます。

 

疲労困憊で身動きが取れなくなってしまったメロスは、もういっそこのまま逃げてしまおうか…セリヌンティウスを裏切ってしまおうか…という考えが浮かびます。

その時、湧き出る清水を見つけ喉を潤すと「いや、私は信頼されている。その信頼に報いなければならない」と気持ちを切り替え、一心不乱に走り続けます。

日没が近付き、町の広場ではまさにセリヌンティウスが処刑されようと磔(はりつけ)にされていました。

 

メロスはボロボロになりながらも大声で「メロスが帰って来たぞ!約束通り帰って来たぞ!」と叫びます。

セリヌンティウスの縄は解かれ、メロスは「私は一度だけ君を見捨てようとした。だから私を殴れ。そうしてくれないと、君と抱擁できない」と言い、セリヌンティウスはメロスの頬を殴りました。

そしてセリヌンティウスも「私も殴れ。私も一度だけ君を疑った」と言い、メロスは彼を殴り、二人は熱い抱擁を交わして友情を確かめ合いました。

ディオニス王は二人を姿に感動し、人を信じる素晴らしさを知り改心したのでした。

 

■感想

 

『人間失格』のイメージが強い太宰治ですが、彼の作品群の中でも比較的明るく分かりやすい短編だと思います。

 

人を信じる事の大切さ、正義と友情というテーマが全面に押し出されている、太宰の中では異色とも取れる作品です。

 

異色ですが、内容の素晴らしさと文章の美しさから、太宰治の作品の中でも非常に人気の高いものとなっています。

 

先述した通り、中学校の国語の授業で習う事もあります。中学生にもなると、友達との関係で悩むことも多い年ごろですので、友情とは何かを問うこの作品は教材として優れていると思います。

多くの若者は「友達のために自分を犠牲にして走り続けたメロスはすごい。王様を改心させて友情にも篤い素晴らしい男だ」という感想を持つ事でしょう。

 

しかし、大人になって社会の荒波に揉まれた今。改めて『走れメロス』を読むと、学生の頃とは違った感想が出てきます。私は読んでいて「果たしてメロスはすごいのだろうか?」と疑問を持ちました。

 

そもそもメロスが走らなければならなくなったのは、メロスが町の老人から王様の噂を聞き出し「なんて奴だ!とっちめてやる!」と一人で暴走し、考えなしに暗殺しようとして捕まってしまったのがすべての始まりです。

ディオニス王に「俺は命乞いなどしない!」と豪語したすぐ後に「妹の結婚式挙げたいから3日だけ待ってほしい。お願いします」と命乞いをしています。

ちょっとメロスが行き当たりばったりで自分勝手な印象を受けます。セリヌンティウスは完全に巻き込まれた形で人質にされてしまいますが、友達の自分勝手な行動の担保にされたにも関わらず、メロスを疑ったのは3日間で一度だけ…メロスよりもセリヌンティウスの方がかなり人格者なのでは、と思ってしまいました。

そう考えると、「メロスの身勝手さを許し、処刑の恐怖に震えながらもメロスを信じて待ち続けたセリヌンティウスすごい」という感想が出てきます。

 

物語はメロスの視点からしか語られていませんが、ディオニス王やセリヌンティウスからの視点で見ても面白いのではないでしょうか。

 

■本を読んでいて自分が初めて知ったモノ、場所、言葉など

 

『走れメロス』は古代ローマの伝説がモデルになっていますが、調べてみたら太宰治の実体験も作品作りに活かされているようです。

太宰の友人の檀一雄が、太宰の妻に頼まれて熱海の村上旅館へ行ったら、飲み代などが払えなくなっている太宰がいました。

 

太宰は「ちょっと師匠の井伏鱒二にお金を借りて来るから、それまで人質としてしばらく旅館にいてくれ」と檀にお願いし、井伏のところへ行ってしまいます。しかし、待てど暮らせど太宰は戻って来ません。

檀は村上旅館の主に頼み込み、支払いをしばらく待ってもらい、井伏鱒二のところへ向かいます。そしたらそこには、井伏と向かい合って呑気に将棋を指している太宰の姿がありました。

実は太宰は、何かと迷惑ばかりをかけてきた師匠に金を貸してくださいと言うのが気まずくて、なかなか言い出せずにいたようです。

そんな太宰に、檀は怒ってこう言いました。

「待つ身が辛いかね。待たせる身が辛いかね」

このエピソードから見るに、太宰治はメロス。檀一雄がセリヌンティウス。村上旅館の主がディオニス王という感じになるのでしょうか。いかにも太宰治らしい話ですね。

 

■本の中で気になった言葉、セリフ 1シーン

 

メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。

『走れメロス』の書き出しです。

 

太宰治作品の書き出しは、一度読んだら忘れない強烈なインパクトがあります。『人間失格』『パンドラの匣』『きりぎりす』の書き出しが好きなのですが、それ以上に好きなのはやはり『走れメロス』です。

文章そのものはシンプルで飾り気がないのですが、だからこそ無駄が無く、読者を自然と物語に引き入れる力を感じます。

 

『走れメロス』は難しい表現などを使っていない読みやすい作品ですので、よりこの冒頭の力強さが際立っているのではないでしょうか。

 

*この記事の執筆者は浅丸千代乃さんです*

鴻池剛と猫のぽんた ニャアアアン!

漫画

感想

 

まず、読む前の情報として「鴻池さんがぽんたに対して愛情なく接している」という感想を見掛けたのですが、もしそうだとしたら、この作品はこんなに多くの人に受け入れられていないと思います。

 

結論…、私は決して「愛がない」とは感じませんでした。

私も猫を飼っています。

猫かわいがりしてます。猫の居ない世界なんてあり得ないくらい大好きです。

 

でも、愛情の示し方は、人それぞれ。猫との関わり方も、人それぞれ。

 

育児マンガだって「カワイイカワイイ」ばかりじゃなく、悲喜こもごも描かれているじゃないですか。

 

飼い主がちょっと冷めた距離感で猫を見ているからって、愛情不足とは感じません。

鴻池さんとぽんたは同居人、横並びの関係なのでしょうね。

 

そんな一人と一匹の生活が、実にコミカルに&リアルに描かれていて、めちゃくちゃ笑えました。

 

2巻も買いました♪

ちなみに2巻では猫がもう一匹増えます。ドタバタは1巻より2倍増してます。

 

猫飼いさんにはあるあるネタ満載です。

ツイッターでは明かされなかったぽんたの子猫時代の話も、こちらには収録されています。

 

  1. 『鴻池剛と猫のぽんた ニャアアアン!』著者:鴻池剛

176ページ

 

本の内容

 

“【次にくるマンガ大賞】Webマンガ部門 第2位! !
ツイッター上で今いちばん熱い視線をあびる
猫漫画がついに書籍化!書籍化にあたって、WEBにはない
ぽんたを飼い始めた頃のエピソードを多数描きおろし!
自由きままな猫のぽんたと
振り回されっぱなしの作者・剛が
日夜、繰り広げる狂騒劇! !
(引用:Amazon.com)

 

『鴻池剛と猫のぽんた ニャアアアン!』のレビュー

 

この作品のどこが素晴らしいって、猫大好きコミックはたくさんあると思うんですけど、その中でも、飼い主と猫の距離感が絶妙なところです。

 

鴻池さんとぽんたは言わばパートナー。一見ドライな鴻池さんのぽんたへの態度も、同じ生き物への敬意を感じます。

 

要するに「カワイイ、カワイイ」だけで、自分の所有物にしていたりしないということですね。愛情の示し方は人それぞれですが、鴻池さんの動物に対する姿勢には好感が持てました。生き物を飼うということはネガティブな面もあり、それを隠さなくたって良い、ネガティブな面も含めて愛情と呼んでも良いということを、鴻池さんなりの表現で教えてくれている気がします。

 

とは言え、内容はそんなに説教じみたものではありません。まんまるなフォルムのぽんたがかわいいです。おもしろい猫の描き方しています。

オールカラーで読みやすいし、ツイッターで読むとのはまた違う魅力を感じました。

 

鴻池さんもぽんたもツンデレ!ベタベタしない二人ですが、鴻池さんはどう見てもぽんたにデレデレだし、ぽんたもきちんと鴻池さんを信頼しているのが伝わってきて、何だか胸がジーンとします。

 

 

猫への愛情表現が、それこそ「猫かわいがり」の人は、ツッコミたくなるかも知れません。

鴻池さんの愛あるドライさを理解できないと、面白くないかも。

そして生活はつづく 星野源さん初エッセイ

エッセイ

そして生活はつづくを読んだ感想

 

ドラマ『逃げ恥』で大ブレイク。今をときめく、星野源さんの初エッセイです。

ミュージシャンでありながら、本もお書きになるんですね。

 

失礼ながら、私は『逃げ恥』まで存じ上げませんでした。

 

『そして生活はつづく』の発行は2009年。

まだまだ世に知られていない頃の作品となります。

まさか何年も経ってからこんなに売れるとは、本が一番ビックリしているのでは…。

 

やはり、のちに時の人となるだけあって「読んでガッカリ」はまずないです。

「くだらない」「飾らない」「格好つけない」といった言葉が心に浮かんできましたが、まさにそれらが星野さんの魅力である「自然体」という部分をよく表していると思いました。

 

それにしても、星野さん、消化器系が弱いんですね。ちょっと心配になりました。

冬場の撮影とか、裸の芸をする時はどうか、ご自愛ください。

 

「こんなにさらけ出しちゃっていいの!?」と感じる部分も。しかしだからこそ「ありのままでいいんだ」と励まされる人がたくさんいるのでしょうね。

 

下ネタばっちりでくだらないことしか書かれていないのに元気をもらう人続出!なんて、星野さんのように不思議な本です。

 

  1. 『そして生活はつづく』著者:星野源

208ページ

 

本の内容

 

“携帯電話の料金を払い忘れても、部屋が荒れ放題でも、人付き合いが苦手でも、誰にでも朝日は昇り、何があっても生活はつづいていく。ならば、そんな素晴らしくない日常を、つまらない生活をおもしろがろう。音楽家で俳優の星野源、初めてのエッセイ集。巻末に俳優・きたろうとの文庫版特別対談「く…そして生活はつづく」も収録。 ”(引用:Amazon.com)

 

『そして生活はつづく』のレビュー

 

星野さんの感受性には本当に感服します!くだらない、何てことないテーマを扱っているエッセイなのですが、星野さんならではの味付けで素晴らしい本に仕立てられているんです。

 

アハハと笑えるところから、スルリと哲学的なオチへ。この辺りのセンスはもうさすがですね。これだけマルチに活躍しているのも納得です。

 

読みやすくて軽快な文章にも才能を感じます。独特な言葉選びも魅力的です。彼の書く歌詞に通じるものがありますね。

 

ただボーッと過ごす。毎日を全力で楽しもうと努力をする。どちらの場合にも同じ時間が流れ、生活は続いていきます。

 

そのことをこの本は教えてくれました。どちらが良いというのは…、この本を読めばきっと自分の考えが変わるはずです。何もしなければ日常はただの日常。

 

もし面白おかしく過ごしたいのであれば、そのために一生懸命にならなければいけないと星野さんは結論付けています。

 

小さな喜びが多い方が、幸せを感じやすいですよね?「発想の転換」というか、星野式の生活の方が明るく楽しく生きていけるんじゃないかと思いました。

 

思いがけず、元気になれます。

 

下ネタにびっくりされる人もいるかと思いますが、それを含め、飾らない文体に癒されました。語りかけてくれるようなエッセイです。

 

星野さんが書くからこそ、ありのままの自分でいいんだという気持ちをくれたのだと思いました。

 

読む前に注意したいこと。

イケメン俳優のイメージを崩したくない人は要注意です!人間・星野源をきちんと見つめられる人でないと、ガッカリ感があるかもしれません。

置かれた場所で咲きなさい 咲けなくても根を張ることは出来るかも

エッセイ

置かれた場所で咲きなさいを読んだ感想

 

こういう人生のアドバイス的な本を読むと大体「そうは言われても…」と、自分の中のあまのじゃくが顔を出すのですが…。

 

今回、とりあえず最後まで読めましたが、人によってはマイナスの捉え方になってしまう内容ではないかなと思いました。

 

Amazonの低い方のレビューを読んでると、時代に合わないのかな?と思えなくもないです。

 

それでも私は、渡辺さんのありのままを見せようとする姿勢、嘘のないまっすぐで清い生き方、今ここで咲けないなら、”根を張りなさい”の言葉には素直に賛同できます。

 

そして、こんなにも温かい言葉で語りかけられると、自分を許してもらえたような気にもなりました。

 

もう戻れないのに振り返っては後悔ばかりの日々より、置かれた場所で咲けるよう、一日、一秒を主体的に生きなければと思えました。

 

「気分次第」と言ってしまうと雑ですが、周りの状況が自分を変えてしまうのではなく、自分の心や笑顔ひとつで周りが変わっていくのではないでしょうか。

 

今、出来なくてもね。

変われるきかっけはどこかにあるかも知れないですよ。

 

『置かれた場所で咲きなさい』著者:渡辺和子

159ページ

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置かれた場所で咲きなさい (幻冬舎文庫) [ 渡辺和子 ]
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本の内容 レビュー

Bloom where God has planted you.置かれたところこそが、今のあなたの居場所なのです。咲けない時は、根を下へ下へと降ろしましょう。「時間の使い方は、そのまま、いのちの使い方なのですよ。置かれたところで咲いていてください」結婚しても、就職しても、子育てをしても、「こんなはずじゃなかった」と思うことが、次から次に出てきます。そんな時にも、その状況の中で「咲く」努力をしてほしいのです。どうしても咲けない時もあります。雨風が強い時、日照り続きで咲けない日、そんな時には無理に咲かなくてもいい。その代わりに、根を下へ下へと降ろして、根を張るのです。次に咲く花が、より大きく、美しいものとなるために。現実が変わらないなら、悩みに対する心の持ちようを変えてみる。いい出会いにするためには、自分が苦労をして出会いを育てなければならない。心にポッカリ開いた穴からこれまで見えなかったものが見えてくる。希望には叶わないものもあるが、大切なのは希望を持ち続けること。信頼は98%。あとの2%は相手が間違った時の許しのために取っておく。「ていねいに生きる」とは、自分に与えられた試練を感謝すること。
(引用:Amazon.com)

 

渡辺和子さんは敬虔なクリスチャンです。ですので、この本もキリスト教の教えが色濃く反映されています。しかし、思わず身構えてしまうほどの宗教色はありません。

 

なぜなら、この本はあたたかい渡辺さんの言葉でいっぱいだからです。

押しつけがましかったり、お説教じみていたり、読者の失敗を非難したりしていないのです。

 

まさに博愛の人だなと思いました。

 

「花を咲かせられない時は根を張りなさい」というフレーズが一番胸に刺さりました。

なぜか、”ど根性大根”の絵面が浮かびました。

 

周りに流されない強い自分を育てないといけませんね。

 

不満を言うだけなら、絶対に、より良い明日を信じて生きる方がいいはずです。

 

「ほほえみ」の詩からも温かいメッセージをもらいました。この詩も、強く生きることを教えてくれていると思います。

 

不快なことがあっても、相手のために笑うということは強い心がないとできません。なかなか実践できなかったとしても、常に心掛けていきたいです。

 

笑顔は必ず、周りの人も、自分も幸せにしてくれるということ、笑顔こそ幸せなのだと思い出させてくれました。

 

この本は、忙しかったり、苛立ったりの毎日にふと、立ち止まる時間をくれます。イライラは時間イコール命の無駄遣い!ないものねだりなどせず、等身大で生きていきたいです。

 

「置かれた場所で咲きなさい」という渡辺さんの言葉は、自分の中で「置かれた場所でも咲かせる心を持ちなさい」という解釈で受け取りました。

 

自分の思い通りにならないのは、環境が悪いとふてくされるのではなく、例え環境が悪かったとしても、自分の心の持ちようで何とでも変わると渡辺さんは教えてくれています。

 

おそらく、この本に書いてあること、すなわち渡辺さんの生き方に共感できない人は、ここで引っかかってしまうのだと思います。

 

これ以上なにをどう頑張れと言うのか?とますます追いつめられた気持ちになってしまうようです。

 

この本の教えは、ある意味、余力のある人に向いているのかも知れません。

 

読む前に注意

 

どうしようもなく落ち込んでしまっている人には、本の内容が綺麗ごと過ぎて入ってこないかもしれません。宗教というものに拒否感がある人も、受け入れられないことがあると思いました。